IR領域でも、動画制作にAIアバターを使う事例が国内で出始めました。グリーホールディングスがブイキューブのAIアバターを導入し、役員の収録工数を約1/3に圧縮したという一次ソースが公開されています。本記事では、この事例を軸に、市場背景、他社事例、IR特有のコンプライアンス要件、導入3ステップを整理します。
IR領域でのAIアバター活用は、規制の厳しさと「本人そっくり動画」への保守的な空気から、BtoB動画活用の中でももっとも遅れる領域になるのではないかと予想していました。ところがグリーHDの一次ソースを読んで、その認識を改める必要が出てきました。
役員収録を30分から10-15分に圧縮し、ワイプ表示の「ハイブリッド構成」で株主の違和感もクリアした。そこまで実務に落とし込んでいる上場企業が、すでに国内に存在している。試験的な意味合いで実施されたところもあるかもしれませんが、実際のIR説明動画であることから大分前進したのではないかと考えています。
結論:IR動画×AIアバターで「何が変わるのか」
IR動画にAIアバターを活用することで変わる点は、主に3つあります。
1. 役員の収録拘束時間の圧縮:従来30分必要だった収録が10〜15分程度に短縮できます。テキストベースで内容を修正し再生成できるため、数値修正のたびに再撮影する必要がなくなります。
2. 英語・多言語対応のコスト削減:AIアバターと自動翻訳を組み合わせることで、英語・中国語版のIR動画を追加の人件費なしで制作できます。英文開示義務化(2025年4月〜プライム市場)が進むなかで、この点の重要性は高まっています。
3. 個人株主向けコンテンツの拡充:決算短信を読まない個人株主層に対して、要点を3〜5分の動画で届ける「動画IR」の更新頻度を上げられます。
ただし、AIアバターをIR用途に使う場合は、コンプライアンス上の確認事項が他領域より多いのが実情です。本記事の後半で、その点を具体的に整理します。
なぜ今、IR動画の見直しが急務なのか
IR担当者の肌感覚に合致する3つの背景が、同時に進行しています。
個人株主が11年連続で増加
全国4証券取引所が2025年に発表したデータによると、個人株主(延べ人数)は2024年度末に8,359万人に達しました。前年比+914万人、11年連続の過去最高更新です。個人の株式保有比率は17.3%、金額ベースで164兆2,858億円に相当します。
背景にあるのは2024年に拡充された新NISAで、20〜30代の若年層を中心に投資参加が拡大しています。「決算短信は読まないが動画なら見る」投資家層が増えていることは、IR担当の現場で実感されているとおりです。
外国法人の日本株保有が過去最高
外国法人等の日本株保有比率は2024年度末に32.4%に達し、調査開始以来の最高水準となりました。
一方、日本IR協議会の調査によると(Mavericks社プレスリリース引用)、海外IR実施企業のうち英語での動画配信を実施している企業はわずか18.4%にとどまります。英語プレゼン資料の公開が72.2%に達しているのと対照的です。「資料は英語化しているが動画は追いついていない」というギャップが、海外投資家との情報非対称を生んでいます。
英文開示義務化でコストが年間500万円超に
2025年4月から東証プライム市場で英文開示が義務化されました。IR担当330社を対象とした調査では、98%がコスト増加を経験し、50%が年間500万円超の増加と回答しています。また、40%以上が品質・スピードの両立に課題があると答えており、76%以上が外部委託しているにもかかわらず課題が解消できていません。
この3つの背景——個人株主の急増、外国法人32%超の保有、英文開示義務化——が重なるなかで、従来の「年に1〜2回の収録型IR動画」という制作モデルは、更新コストと速度の両面で限界を迎えつつあります。
グリーHD事例:収録工数1/3削減の実際
ハイブリッド演出の構成
グリーホールディングスは2025年の株主総会動画制作において、ブイキューブのAIアバターを導入しました。
演出方針は「完全AIアバター化」ではなく、ハイブリッド構成を採用しました。役員が株主への思いや経営方針を語る「メッセージパート」は実写のままとし、財務数値や事業概要などの「説明パート」をAIアバター(ワイプ表示)に置き換えています。
収録工数の変化
従来、役員ごとに30分程度確保していた収録枠が、10〜15分程度に短縮されました。削減率は約1/3に相当します。役員の拘束時間が減るだけでなく、直前に数値が修正された場合でも「テキストを修正して再生成」で対応できる体制になった点が、IR担当の実務上の大きなメリットとして評価されています。
株主からの反応と次年度展望
株主側からは「違和感がなかった」という評価を得ています。本物らしさが担保されたうえでコスト効率を改善できたことで、次年度はテキスト入力のみで動画を更新できる運用体制(実写収録ゼロ化)を構築する予定です。
ベンダー選定の決め手として、グリーHD側は「総会運営に対する理解が深い点」を挙げています。AIアバターの技術スペックだけでなく、株主総会運営のノウハウを持つ事業者であることが、IR用途では選定基準に入ります。
他社事例:ソフトバンク・HENNGE・AvaTwin・Mavericks NoLang
ソフトバンク:600名超の個人投資家向けにAIアバターが登壇
2025年3月、東京国際フォーラムで開催されたSBI証券・ウエルスアドバイザー共催「IR Conference 2025」(18企業参加、600名超の個人投資家)において、ソフトバンクがAIアバターを使った会社説明を実施しました。AIアバターが会社概要・事業内容・株主還元方針を説明するブースには「収まりきらないほど多くの個人投資家が参加し、注目を集めた」という結果です。
東証プライムの大手企業による個人投資家向けAIアバターIRの先行事例として、業界内での認知度は高まっています。
HENNGE:英日両言語の投資家向け動画を制作期間50%削減
東証プライム上場のSaaS企業HENNGEは、投資家向けアップデート動画の制作にSynthesiaのカスタムアバターを活用しています。制作期間は5日間から2.5日間へと50%削減されました。英日両言語に対応しており、以前は最低1週間かかっていた多言語対応が大幅に短縮されています。CFOは「撮影で最低2〜3時間かかっていたし、エラーがあれば再撮影を求められることもあった」とコメントしています。
プロネクサス×グラッドキューブ「AvaTwin」:上場企業向け国内特化
ディスクロージャー支援事業でプライム市場上場企業に強いプロネクサスは、グラッドキューブとの協業により生成AIアバターサービス「AvaTwin」を展開しています。決算説明・株主総会ナレーションの自動生成を主目的とし、「制作コスト・人員調整・多言語対応など多くの課題の解決」を提供しています。
Mavericks NoLang:英語IR動画をPDFから自動生成
Mavericks社のNoLangは、PDFやPPTXのアップロード後に数分で英語IR動画を自動生成するサービスです。経営層の姿・音声を再現した専用AIアバターを使い、従来「翻訳・ナレーター手配・スタジオ撮影・動画編集で数十万〜数百万円」かかっていたコストを10分の1以上に削減できるとされています。
英文開示義務化への対応を最優先に考えるIR担当にとって、入口として検討しやすいツールの一つです。
IR特有のコンプライアンスリスクと対策
AI動画をIR用途に使う場合、他の業務領域とは異なるコンプライアンスリスクが存在します。導入前に4点を確認しておく必要があります。
1. フェアディスクロージャー(FD)ルールと誤情報リスク
金融商品取引法に基づくFDルール(2018年4月施行)は、発行者が未公表の重要情報を特定の第三者に提供する場合の情報管理を規制します。
AIアバターが財務数値を誤読・誤生成した動画が公開された場合、「重要な誤情報を含む開示」として法的問題になりうる可能性があります。特に、テキストベースのスクリプトに誤字があると、音声合成によって誤った数値が視聴者に伝わるリスクがあります。
対策として、数値パートのスクリプトは人間が最終確認し、公開前に法務チェックを必須のプロセスに組み込む必要があります。グリーHDのように「数値説明はAIアバター、メッセージは実写」というハイブリッド構成にすることで、責任分担を明確にしやすくなります。
2. AIアバターの透明性開示(Deepfakeリスク)
役員本人の容姿・音声を再現したAIアバターが普及するにつれ、「本人が発言しているのか、AIが語っているのか」の透明性開示が求められるようになっています。
2026年4月現在、EU AI法ではAI生成コンテンツへの表示義務が規定されていますが、日本国内では直接の法的規制はありません。ただし、経済産業省・総務省「AI事業者ガイドライン第1.1版」(2025年3月28日)では「AIが生成した偽情報・誤情報・偏向情報が社会を不安定化させるリスクが高まっている」と明記しており、自主的な透明性確保が求められています。
金融庁のAIディスカッションペーパー(2025年3月)でも、「生成AIを悪用した犯罪や偽・誤情報の拡散リスクは顕在化している」と指摘されています。株主向け動画では「この映像はAIアバターを使用しています」と明示することが、現時点での実務的なベストプラクティスとなりつつあります。
3. 多言語翻訳精度とリスク管理
AI翻訳とAIアバターを組み合わせた英語IR動画を制作する場合、翻訳精度の問題が法的リスクになりうる点に注意が必要です。日本語スクリプトの微妙なニュアンスが英語で正確に再現されているかの確認は、外部の専門翻訳者によるレビューが不可欠です。Straker Japanの調査では、英文開示の課題として「品質とスピードの両立」を挙げる企業が40%以上に上ります。
4. IR部門のAIガイドライン未整備
日本IR協議会の「第31回IR活動の実態調査」(2024年5月、全上場4,088社中1,039社回答)によると、生成AIをIR業務でトライアル中の企業は増加傾向にある一方で、IR部門単独のAIガイドラインが「策定されていない」と回答した企業は53.3%に上ります。
AIアバターをIR動画に使う前に、社内ルールとして「使用範囲・確認プロセス・開示方針」の3点を明文化しておくことが、後のトラブル回避に直結します。
コンプライアンスの話を並べると「重そうだ」と受け取られがちですが、実際に IR 担当の方と話すと、FD ルール自体への懸念よりも「社内の誰が最終チェックするか」という運用設計で止まっているケースが多い印象です。
論点は法令そのものより、スクリプト確認と開示文言のワークフロー整備に寄っている。ここを先に詰めれば、AI アバター活用は実務に乗せやすい、という感触があります。
グリーHDがブイキューブを選んだ決め手が「総会運営への理解の深さ」だったことも、この運用設計への重心を裏付けています。
どこから始めるか:適性判断と3ステップ
IR動画×AIアバターの適性チェック
次の3項目に当てはまる企業は、導入の効果を出しやすい傾向にあります。
- 役員の収録スケジュール調整が毎回ボトルネックになっている
- 決算ごとにほぼ同じフォーマットの動画を制作している(テンプレート化できる)
- 英語・多言語のIR動画制作に外部委託費がかかっている
逆に、「個人株主との双方向対話」や「記者会見のようにリアルタイム性が重要な場面」は、AIアバターの得意領域ではありません。
ステップ1:「説明パート」だけをAIアバターに置き換える
グリーHDが採用したように、まず「メッセージパートは実写、数値説明はAIアバター」というハイブリッド構成でスタートします。いきなり役員全員をAIアバター化するのではなく、変更リスクが低い部分から試すことで、社内承認のハードルを下げられます。
ステップ2:AIガイドラインと透明性開示フレームを先に整備する
動画の制作着手前に、法務・コンプライアンス部門と「AIアバター使用の開示文言」「スクリプト確認フロー」「多言語翻訳のレビュー体制」を確認します。IR動画は公開後に訂正が難しい(投資家がすでに視聴している可能性がある)ため、事前確認が実写動画以上に重要になります。
導入先のベンダーが株主総会運営の実務を理解しているかも確認ポイントです。グリーHDがブイキューブを選んだ理由の一つが「総会運営への理解」だったことは、技術スペックだけでなく業務理解の深さがIR用途では差別化要素になることを示しています。
ステップ3:英語IR動画から始めて投資対効果を測定する
英語IR動画は日本語版と比べて制作頻度が低く、外部委託コストが明確なため、AI化の効果測定がしやすい領域です。NoLangやSynthesiaのような英語特化サービスを使ったパイロット制作で、「従来コストとの比較・翻訳精度の確認・海外投資家からの反応」の3点を測定することから始める方法が、リスクを抑えながら社内実績を作るうえで現実的です。
営業動画や研修動画でAI動画を導入済みの企業であれば、その知見をIR領域に横展開できます。
まとめ
IR動画×AIアバターは、「役員の収録工数削減」「英語IR対応のコスト削減」「個人株主向けコンテンツの更新頻度向上」という3つの具体的な課題に対して、グリーHDをはじめとする国内事例で効果が確認されつつある領域です。
ただし、株主総会動画はIR動画のなかでも特に開示規制・透明性・数値正確性への要求が高い領域です。FDルール対応・AIガイドライン整備・透明性開示の3点を先に整備し、「全面AIアバター化」ではなくハイブリッド構成からスタートすることが、現時点での実務的な判断基準となります。
「AIアバターが使えるか」ではなく「どのシーンでAIアバターを使い、どのシーンは実写を維持するか」という問いに答えを出すことが、IR動画DXを成功させる起点です。
IR領域は、BtoB動画活用のなかでもっとも保守的な空気が残っていると感じていた領域です。ところがグリーHDの事例で、運用に乗り始める上場企業が出てきた。これは、他領域で AI 動画を先行導入した BtoB 企業にとっても、次に取りに行くべき領域という見方ができます。
いきなり全面AIアバター化ではなく、ハイブリッド構成と運用設計の先行整備で入る。これが、現時点での IR DX の現実解です。
VideoNext でも、上場企業のIR 動画AI化に伴走しています。試行錯誤や失敗事例は、このブログで引き続き書いていきます。
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