毎四半期、決算説明資料を作り込み、役員のスタジオ収録を手配し、編集・英訳を発注する。このサイクルが年4回繰り返されるのが、上場企業IR担当者の現実です。AIアバターを活用することで、この四半期サイクルの制作工数を構造的に圧縮できるようになってきました。本記事では、国内先行3社の事例と英文同時開示の当日ワークフローを軸に、実装ステップを具体的に整理します。
なお、年1回の株主総会動画をAIアバターで作るテーマは、別記事で詳しく解説しています。本記事では年4回の決算説明会に焦点を絞り、繰り返し制作の効率化と英文同時開示の当日ワークフローを論じます。
結論:四半期決算にAIアバター動画を導入すると何が変わるのか
AIアバターを決算説明会動画に導入すると、制作構造が根本から変わります。変化の核心は3点です。
まず、役員の収録拘束時間が圧縮されます。グリーHD×ブイキューブの事例では、従来30分確保していた収録枠が説明込みで10〜15分程度に短縮されました(約1/3削減)。
次に、制作期間が大幅に短くなります。グラッドキューブ「AvaTwin」は通常7営業日、最短3営業日での納品を実現しています。従来の外部スタジオ制作では4〜6週間かかっていた工程が、今後は四半期のタイムラインに収まる時代になってきました。
そして、英文同時開示への対応が現実的なコストで可能になります。Mavericks「NoLang」は日本語の決算説明資料をアップロードするだけで18言語のIR動画を最短30秒で自動生成します。英語資料の開示率が72%を超えても英語動画配信の実施率が18.4%にとどまる現状(Mavericks社引用、原典:日本IR協議会)とのギャップを埋める手段が、ようやく実用域に入ってきました。
決算説明会動画の本質課題——年4回・多言語・即応性の三重構造
IR動画の制作が他領域の動画制作と根本的に異なる点は、「繰り返しの頻度」と「開示タイミングの厳守」という2つの制約が同時に課されることです。
決算説明会は年4回開催されます。株主総会(年1回)と違い、四半期ごとに役員の収録、編集、翻訳、配信という工程が繰り返されます。IR担当者にとっては、一度に大きなイベントに備えるのではなく、常に次の決算サイクルに向けて準備が続く状態です。
さらに、東証プライム市場では2025年4月から英文開示が実質的に義務化されました。
これによって、日本語版と英語版を「同じタイミングで」開示するプレッシャーが高まっています。Straker Japanが実施したIR担当330社調査によると、英文開示対応のコストが年間500万円超となった企業が50%に達し、98%がコスト増加を経験しています。
また、開示は決算発表日に一斉に行われます。前日に内容が確定し、当日の取引時間開始前に公開する——このタイミング制約が、動画制作の「事前仕込み」を難しくしています。数値が変わるたびに動画を作り直していては、4〜6週間かかる従来制作では到底間に合いません。
この「年4回 × 多言語 × 即応性」という三重の制約を解くための答えが、AIアバター動画です。
既存IR動画制作との比較——工数・コスト構造の現実
従来の決算説明会動画制作は、主に次のような工程で構成されていました。
- 脚本作成・修正(2〜3週間)
- 役員スタジオ収録(半日〜1日のスケジュール調整含む)
- 撮影・照明・音声のセットアップ(現場コスト)
- 映像編集・テロップ挿入(1〜2週間)
- 英語翻訳・英語ナレーション収録(別途1〜2週間)
- 配信ファイルのエンコードと配信設定(数日)
制作会社への外注費用は、CINEMATO・Crevo等の実績によると、アニメーション動画で30〜100万円、実写動画で50〜200万円が相場とされています。これが年4回繰り返されます。
AIアバター導入後のコスト構造はどう変わるのでしょうか。グラッドキューブ公式サービス説明によると、「AvaTwin」は外部スタジオ収録比で年間費用50%以上削減、スポット料金は20万円(税抜)から利用できます。スターティアホールディングスのサービスは月額9.8万円(税別)・月30分まで、最短3営業日での制作が可能です。
工程面では、「役員収録 → 編集 → 翻訳・ナレーション」という直列工程が、「スクリプト確定 → アバター生成(日本語)→ 多言語自動出力」という並列構造に変わります。修正が発生してもテキストを書き換えて再生成するだけで済むため、「数値訂正のたびに再撮影」という最大のボトルネックが消えます。
AIアバターによる決算説明会動画の制作フロー
ステップ1: スクリプトの確定と法務チェック
制作の出発点はスクリプト(台本)です。決算説明資料から要点を抽出し、話者が「話す形」に書き直します。キャスター(証券コード: 9331)は26ページの決算資料を566文字・94秒の動画に圧縮した事例があります。NotebookLM + CoeFont + ChatGPT + HeyGen の組み合わせで、開始から完了まで約4〜5時間での制作を実現しています。
この段階で最も重要なのが、財務数値の最終確認です。フェアディスクロージャー(FD)ルール(金融商品取引法 2018年4月施行)上、AIが財務数値を誤生成した場合は重大なコンプライアンス問題になります。数値パートは必ず人間が最終確認し、公開前に法務チェックを通すことが前提です。
ステップ2: AIアバターの生成とレビュー
スクリプトが確定したら、AIアバター生成ツールに入力します。現在国内で利用できる主なツールは、AvaTwin(グラッドキューブ×プロネクサス)、NoLang(Mavericks)、スターティアHDのAIアバターサービスなどです。
AIアバター生成では、役員本人の写真と音声サンプルを事前に登録しておきます。初回登録後は、以降の四半期ではテキスト入力のみで動画が更新できる状態になります。グリーHDはこの「テキスト入力のみで動画更新できる運用体制構築」を次年度の目標として挙げています。
生成後は、「AIアバターによる生成動画である」という透明性開示を動画冒頭または説明文に明記することが現実的なベストプラクティスです。KlarnaのCEOは2025年5月のQ1決算発表でAIアバターを使用し、動画冒頭で「これはAIアバターです」と自己開示しました。
ステップ3: 多言語出力と配信準備
日本語版が完成したら、英語・中国語等への多言語展開に入ります。AvaTwinは8言語、NoLangは18言語に対応しています。多言語展開時も翻訳精度の確認が必要です。AIによる自動翻訳は高精度ですが、財務用語の正確性については専門家によるレビューを入れることが推奨されます。
配信経路は、自社IRページ・投資家向けYouTubeチャンネル・IR配信プラットフォーム(ウィルズのIR-navi等)に並行して行うのが一般的です。スターティアHDはウィルズのIR-naviとの連携を通じて、海外機関投資家への直接配信を可能にしています。
国内先行事例3社
現時点で把握できる国内先行事例を3社取り上げます。それぞれアプローチが異なり、どの段階からAIアバターを導入するかの判断軸になります。
四半期ごとに役員にスタジオ収録をお願いするたびに、申し訳ない気持ちが積み重なっていました。決算期は役員も手が空かない時期です。「今月も収録をお願いします」と連絡するたびに、相手の忙しさは分かっているのに代替手段がない、という構造的な詰まりを感じていました。グリーHDの事例を読んで一番刺さったのは数字ではなく、「テキストを送ってもらえれば動画ができます」という運用体制に変えることで、役員とIR担当者の関係性そのものが変わるという部分でした。
事例1: グリーHD × ブイキューブ——ハイブリッド構成で「違和感なし」評価を達成
グリーホールディングスは2025年にブイキューブのAIアバター技術を導入し、決算説明会動画をハイブリッド構成で制作しました。「株主への思い」等の感情パートは実写、「財務数値の説明」パートはAIアバター(ワイプ表示)という構成です。
結果として、従来30分確保していた役員の収録枠が説明込みで10〜15分程度に短縮(約1/3削減)されました。株主から「違和感がなかった」という評価を得ており、完全AIアバターではなく実写との組み合わせで違和感を最小化する現時点のベストプラクティスを示しています。
次年度の目標として「テキスト入力のみで動画更新できる運用体制の構築(実写収録ゼロ化)」を挙げている点も重要です。ハイブリッド導入は完全AIアバター化に向けた移行ステップとして機能しています。
事例2: グラッドキューブ「AvaTwin」——上場企業ディスクロージャー支援で量産体制
グラッドキューブは、ディスクロージャー支援事業で国内上場企業向けに安定した顧客基盤を持つプロネクサスとの協業により、「AvaTwin」サービスを2025年10月から提供開始しました。
グラッドキューブ公式サービス説明によると、外部スタジオ収録比で年間費用50%以上削減、最短3営業日での納品が可能で、8言語に対応しています。スポット利用が20万円(税抜)から、スタンダード利用が48万円(税抜)から設定されており、年4回の決算サイクルでの利用を想定した料金体系になっています。
2026年2月には東証主催「中堅中小企業のためのIR戦略セミナー」にも出展しており、プライム市場だけでなくスタンダード・グロース市場の上場企業へも展開が進んでいます。
事例3: Mavericks「NoLang」——決算開示当日に18言語のIR動画を30秒で自動生成
Mavericks社が提供する「NoLang」は、決算開示のタイムライン要件に最も直接的に応えるサービスです。日本語の決算説明資料(PDF/PPTX)をアップロードするだけで、最短30秒でAIアバターによる多言語IR動画を自動生成します。
対応言語は英語・中国語・韓国語・スペイン語等18言語。英語動画配信の実施率が18.4%にとどまる現状(Mavericks社引用、原典:日本IR協議会)を踏まえると、「開示資料が完成した瞬間に多言語動画も同時生成できる」という即応性は、英文開示義務化への構造的な回答になります。
英文同時開示の当日ワークフロー
競合の上位3記事(CINEMATO / Crevo / メディア博士)のいずれにも記述されていないのが、「決算開示当日に動画を同時配信する」ための具体的なワークフローです。ここに実装の核心があります。
東証プライム市場の英文開示義務化(2025年4月施行)は、英語資料の作成だけでなく、動画によるIRコミュニケーションの多言語対応も実質的に要請しています。
英文開示が不十分な上場企業に対し、海外機関投資家の41%が「ディスカウントして評価」、35%が「投資対象から除外」、28%が「ウェイトを減らした」と回答しています(東証調査、機関投資家75件回答)。外国法人の日本株保有比率が32.4%(調査開始以来最高水準)に達している今、この問題は財務戦略と直結しています。
具体的な当日ワークフローは次の4ステップで設計できます。
STEP 1(D-7〜D-3): スクリプト確定と法務チェック
決算説明資料の数値確定後、動画用スクリプトを作成します。財務数値パートは人間による最終確認が必須で、法務部・監査法人への確認を経て「数値確定版スクリプト」を仕上げます。このステップを早めに終わらせることで、後工程のバッファが生まれます。
STEP 2(D-1): 日本語版アバター動画の生成と確認
確定スクリプトをAIアバター生成ツールに入力し、日本語版動画を生成します。最終の映像確認と、「AIアバターによる生成動画」である旨の透明性開示テキストの追記を行います。内容の最終チェックはこのタイミングで完了させます。
STEP 3(D-day 朝): 多言語版の自動生成
日本語マスターが確定したら、英語・中国語等の多言語版を自動生成します。NoLangのように最短30秒で多言語出力できるサービスを使えば、開示直前まで日本語版の微調整が可能で、英語版も即座に追随できます。財務用語の精度確認のみ専門家レビューを入れます。
STEP 4(D-day 開示同時): 配信開始
決算短信の開示と同時に、自社IRページ・投資家向けYouTubeチャンネル・IR-navi等の配信チャネルで動画を公開します。日本語版・英語版を同時公開することで、海外機関投資家も同日に動画を視聴できる体制が整います。
このワークフローの最大の特徴は、「数値修正への即応」です。決算発表直前に数値が変更された場合、スクリプトのテキストを修正し再生成するだけで対応できます。従来のスタジオ収録型では不可能だったゼロ日対応が、AIアバター制作では現実的になります。
コンプライアンスの壁と現実的な解決策
IR領域でAIアバターを使う際のコンプライアンスリスクは、他領域より明確に存在します。4点を整理します。
1. フェアディスクロージャー(FD)ルールと財務数値の誤生成リスク
AIが財務数値を誤読・誤生成した場合、金融商品取引法上の問題になりえます。対処法は明確で、「スクリプトの数値パートを人間が最終確認し、公開前に法務チェックを通す」という手順を必ずワークフローに組み込むことです。
2. 「AIアバターである」ことの透明性開示
役員本人の容姿・音声を再現したアバターに対し、株主から「本人かAIか」の開示要求が今後増える可能性があります。KlarnaのCEOが動画冒頭でAIアバターであることを自己開示した先行事例が、国内IR動画でも標準的なプラクティスになっていくと考えられます。日本では2026年4月時点で直接規制はありませんが、経済産業省・総務省「AI事業者ガイドライン第1.1版」(2025年3月)はAI生成コンテンツへの透明性確保を推奨しています。
3. 多言語翻訳精度とIR法的リスク
英語・中国語等への自動翻訳で財務用語の誤訳が発生した場合、開示の正確性に関する問題になります。多言語版リリース前に、ネイティブ専門家によるレビューを1工程入れることが現実的な対策です。
4. ハイブリッド方式という現実解
グリーHDの事例が示すように、「感情・意思を伝えるパートは実写 / 財務数値説明はAIアバター」というハイブリッド構成が現時点のベストプラクティスです。完全AIアバター化はリスクを最小化しながら段階的に進めるのが実務上の現実解です。
金融庁「AIディスカッションペーパー第1.0版」(2025年3月)も、金融分野でのAI活用における誤・偽情報リスクへの対処を論点として挙げています。
投資家理解度向上の効果検証
AIアバター導入の効果を「工数削減」だけで語るのは片手落ちです。投資家エンゲージメントへの影響も見ておく必要があります。
個人株主数は2024年度末時点で延べ8,359万人(前年比914万人増)と11年連続で過去最高を更新しています(東証 株式分布状況調査)。新NISA効果で20〜30代の投資参加が拡大しており、テキストの決算短信よりも動画の方が情報を受け取りやすい層が増えています。
グリー社がバーチャル出席型株主総会を導入した際(2020年)、アクセス者数が前年比1.5倍、質問数が約4倍に増加したというデータがあります。「若い投資家や地方在住者の参加が増えた」という担当者コメントが残っています。
日本IR協議会第31回調査(2024年5月)によると、国内向け決算説明会のオンライン実施率は71.3%(前回比+2.6pt)に上昇しており、動画・オンライン配信が主要チャネルとして定着しています。
HENNGEの事例も参考になります。東証プライム上場のSaaSベンダーであるHENNGEは、Synthesiaのカスタムアバターを活用した投資家向けアップデート動画の制作時間を5日間から2.5日間に短縮(50%削減)しています。英日両言語での対応で、CFOが「撮影で最低2〜3時間かかっていた」と述べるほどの作業負荷が、AIアバターで別次元に改善されています。
日本IR協議会第32回調査(2025年6月)によると、決算説明会資料の英語開示率が7割超に達する一方で、英語動画配信は約2割にとどまっています。この乖離が埋まる速度は、AIアバター動画の普及速度と連動するはずです。
導入判断の3ステップ
AIアバターで決算説明会動画を作ることに、最初は懐疑的でした。「データを読み上げるだけなら機械でもできるが、株主に誠意が伝わるのか」という疑問は、IR動画の本質に関わる問いです。グリーHDの「株主から違和感がなかった」という評価は、1件の社内事例に過ぎません。ただ、それが2020年のグリー社バーチャル総会でのアクセス1.5倍・質問4倍という動画IRへの投資家反応の変化と重なったとき、仮説が変わりました。誠意を伝えるために必要なのは「本人が撮影すること」ではなく「内容が明確で視聴しやすいこと」という方向へ。
AIアバター導入を検討する際は、以下の3ステップで判断を進めることをお勧めします。
ステップ1: 「どのパートをAIアバターに任せるか」を決める
最初から全部をAIアバター化する必要はありません。グリーHDのハイブリッド事例を参考に、「感情・メッセージ性が重要なパート(代表挨拶など)は実写」「数値説明・FAQ・英語版は AIアバター」という役割分担を設計することが、コンプライアンスリスクと投資家への違和感を最小化する現実的な出発点です。
ステップ2: 年4回の制作サイクルに合わせてツールを選ぶ
年4回繰り返し使うことを前提に、ツール選定を行います。判断軸は、納期・多言語対応数・料金体系(スポット vs サブスク)・前回の役員収録データを再利用できるかの4点です。AvaTwin(グラッドキューブ×プロネクサス)はIRディスクロージャー支援企業との協業が強みで、NoLang(Mavericks)は開示当日の即応性が最大の強みです。用途と優先事項によって選定が変わります。
ステップ3: 初回はパイロット導入——次の四半期決算で1本制作する
「導入検討」が長引く最大の原因は、「完璧な体制が整ってから」という思考パターンです。次の四半期決算で英語版1本だけAIアバターで作るという限定的なパイロットから始めることで、実際の制作工程・法務確認プロセス・投資家反応を社内で確認できます。パイロット後に判断を見直す方が、体制整備にかけるコストが格段に小さくなります。
まとめ
決算説明会動画をAIアバターで作ることは、「工数削減のための代替手段」という枠を超え始めています。年4回の四半期サイクルに対応する繰り返し制作体制、英文同時開示への即応性、投資家エンゲージメントの改善——この3つが同時に動く領域として、IR動画は生成AI活用の主要フロントラインに入ってきました。
日本IR協議会第31回調査(2024年)によると、生成AIをIR業務でトライアル中の企業は16.0%にとどまり、IR部門でのAIガイドライン未策定の企業が53.3%に達しています。この数字はリスクではなく、先行着手の余地として読めます。
ネクプロ株式会社の子会社VideoNextでは、上場企業のIR担当者・CFO補佐向けに、決算説明会動画のAIアバター化を支援しています。グリーHDやキャスターのような先行事例を分析し、クライアントごとのコンプライアンス要件・制作サイクル・投資家層に合わせた導入設計を一緒に考えています。
「次の四半期決算で試してみたい」「英文同時開示の体制を整えたい」という場合は、お気軽にお声がけください。IR動画のAI活用について、このブログでも継続して情報を発信していきます。